広島地方裁判所三次支部 平成7年(ワ)10号 判決 1999年11月26日
原告
株式会社○○組
右代表者代表取締役
甲野一郎
右訴訟代理人支配人
甲野二郎
右訴訟代理人弁護士
幟立廣幸
同
爲末和政
被告
学校法人△△
(以下「被告△△」という。)
右代表者理事
丙山三郎
被告
社会福祉法人××
(以下「被告××」という。)
右代表者理事
丁谷四郎
右両名訴訟代理人弁護士
畠山勝美
同
中村行雄
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告△△は原告に対し、金三億八八九〇万円及びこれに対する平成三年二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告××は原告に対し、金四億四九二五万四一四六円及びこれに対する平成三年四月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、建物建築請負契約の請負人から、右契約の注文者から当該建物及びその敷地の寄附行為ないし贈与を受けた学校法人及び社会福祉法人に対し、不当利得返還請求権(いわゆる転用物訴権)に基づき、建物価額及び敷地造成工事費相当額の支払(付帯請求は、悪意の受益者に対する利得後の法定利息)を求めた事案である。
二 争いのない事実等
1 当事者等
(一) 原告は、建物等の建築等を業とする会社である。
(二) 被告△△は、平成三年一月一三日付けで広島県知事の許可を受けて設立された、A専門学校の設置運営等を目的とする学校法人(私立学校法六四条四項に基づく法人)であり、被告××は、同年三月三〇日付けで広島県知事の許可を受けて設立された、老人保健施設の設置運営を目的とする社会福祉法人である。
(三) B株式会社(旧商号b研究所。以下「訴外会社」という。)は老人施設等の運営管理等を業とする会社である。
2 建物建築請負契約の締結及びその履行
(一) 原告と、訴外会社及び株式会社C商事は、昭和六一年一一月一〇日、原告を請負人とし、右両社を注文者とする「キャピタルコミュニティD」建設工事につき、左記内容の工事請負仮契約を締結した(以下「本件請負契約」という。)。
工事場所 広島県三次市和知町<番地略>
工期
着手 昭和六一年一一月一〇日
完成 昭和六四年八月末日
引渡時期 完成の日から一〇日以内
請負代金 二七億円
支払方法 完成引渡時
代金額の三分の一 現金払い
同 手形払い(サイト三六五日)
同 手形払い(サイト七三〇日)
特約
この仮契約は、林地開発許可及び全ての建物の建築確認が完了したとき、仮契約日に遡って本契約としての効力を有する。
(二) 前記林地開発許可は昭和六二年一一月二六日になされ、また、建築確認は平成二年八月二日に完了した。
(三) 原告は、平成三年二月一三日に本件請負契約に基づく工事を完了し、同月二八日、完成した建物を訴外会社らに引渡した。
(四) 原告と訴外会社らは、右引渡と同日、本件請負代金を二九億〇七九〇万一九〇〇円に変更する旨合意し、訴外会社らは、同日、原告に対し、右請負代金支払のため、共同して次の三通の約束手形を振出交付した。
① 金額 一〇億六七九〇万一九〇〇円
支払期日 平成三年五月三一日
② 金額 九億二〇〇〇万円
支払期日 平成四年二月二八日
③ 金額 九億二〇〇〇万円
支払期日 平成五年二月二八日
(五) 右①の約束手形については、平成三年五月三一日の支払期日における決済が不可能となり、訴外会社らが原告に対し、利息相当額二二六三万〇七四三円を支払うのと引換に、原告は、右支払期日を同年八月三〇日に延期した。その後も、数回利息の支払と手形金の支払期日の延期が繰返された。
3 被告らに対する不動産の譲渡等
(一) 訴外会社は、被告△△に対し、平成三年二月一三日、同社所有の別紙物件目録(一)の一ないし六記載の物件(以下「本件不動産」という。)を寄附し(以下「本件寄附行為」という。)、その旨の登記を経由した。
(二) 訴外会社は、平成三年春ころ、当時設立手続中であった被告××に対し、同被告の設立認可を条件として、訴外会社所有の別紙物件目録(一)の七ないし九記載の物件(以下「本件不動産二」という。)を贈与し(以下「本件贈与」という。)、同年三月三〇日に同被告の設立が認可されたことに伴い、その旨の登記を経由した。
4 本件寄附行為及び本件贈与当時、訴外会社は、別紙物件目録(一)及び同(二)の一ないし五七記載の各不動産を所有しており、本件寄附行為当時には八筆、本件贈与当時には一〇筆の不動産につき、原告の本件請負契約に基づく債権を担保するため、抵当権が設定されていた。
その後、原告は、訴外会社に対する抵当権設定仮登記仮処分を得、平成三年九月一〇日までに別紙物件目録(二)記載の各不動産につき、抵当権設定登記を経由した。
5 C商事株式会社は、平成六年三月二日破産宣告を受けて倒産した。また、訴外会社も、原告に対する平成六年一月三一日満期の額面九億二〇〇〇万円の約束手形を資金不足を理由に不渡りとし、その後事実上倒産状態にある。
三 当事者の主張の要旨
(原告)
1 被告らが訴外会社からそれぞれ無償で譲り受けた本件不動産一、二は、いずれも原告の財産及び労務の対価であり、その価額は、本件不動産一が三億八八九〇万円(建物価額三億一一五〇万円、敷地造成工事費七七四〇万円)、本件不動産二が四億四九二五万四一四六円(建物価額四億四五八九万円、敷地造成工事費のうち訴外会社所有土地分三三六万四一四六円)である。
2 被告らは、訴外会社から右各不動産を無償で譲り受けたことによりそれぞれ右価額相当の利得を受けたことになり、一方、原告は、訴外会社が無資力となったことにより、同社に対する右各不動産に対応する請負工事代金債権が回収不能となり、これに相当する損害を被った。
3 右関係は、いわゆる転用物訴権を認めた最高裁昭和四五年七月一六日判決・民集二四巻七号九〇九頁(以下「昭和四五年最判」という。)、同昭和四九年九月二六日判決・民集二八巻六号一二四三頁、同平成七年九月一九日判決・民集四九巻八号二八〇五頁(以下「平成七年最判」という。)の事案と同様であり、右各判決の趣旨からして、本件は原告の出捐と被告らが得た利益との間に社会通念上不当利得の成立に必要な因果関係が認められる。
4 原告は、本件により約九億円もの重大な損失を被っており、一方、訴外会社と被告らは一体ともいうべき密接な関係にあったものであるから、本件においては、利益衡量上も正義・公平の理念からも原告を保護すべきである。
5 そして、被告らは右利得につき悪意であったといえるから、原告は被告らに対し、不当利得に基づき、右利得額の償還及び利得後の法定利息の支払を求める。
(被告ら)
1 いわゆる転用物訴権はこれを全面的に否定する学説も有力であるが、仮に認めるとしても、取引の安全と私的自治の原則の見地から、その適用に当たっては、損失者の保護と無償的法律関係に基づく財貨移転の安全性との利益衡量により限定的に承認されるべきものである。平成七年最判も限定説を採用したものと解される。
2 本件は、もともと転用物訴権の問題に該当するものではないが、仮に該当するとしても、被告らは移転を受けた不動産を主要財産として経営をしている学校法人・社会福祉法人であり、その目的及び行政庁の監督からしても移転を受けた本件不動産一、二を流通に置くことなど到底考えられないものである。
一方、原告は営利企業であって、本件寄附行為、本件贈与の事実をあらかじめ知悉して請負契約を締結したものであり、前記二の4のとおり、本件請負契約に基づく債権につき、被告らに対する財産移転行為のころ既に所与の不動産に抵当権を設定して、その価値を把握しており、本件寄附行為及び本件贈与によって、訴外会社が右債権につき無資力になったということはなく、もとより原告が建物価額及び敷地造成工事費相当額の損害を受けたものでもない。それゆえ、原告は、その後、本件不動産一、二を訴外会社に対する請負工事代金債権の抵当物件から除くことを承諾している。
3 これら双方の個別的事情を比較考量すると、本件の場合被告らの不動産取得の安全性を保護することが相当であり、本件において転用物訴権は成立しないというべきである。
四 争点
本件においていわゆる転用物訴権が適用されるか、特に本件における原告の損失と被告らの利得との間に不当利得の要件たる因果関係が認められるか、ないし被告らの利得は法律上の原因なくして受けたものといえるか。
第三 当裁判所の判断
一 転用物訴権の成否に関する最高裁判決
1 本件はいわゆる転用物訴権の成否を争点とするものであるが、前提として、これに関する最高裁判決の判断を検討する。
まず、昭和四五年最判(いわゆるブルドーザー事件)は、最高裁として転用物訴権を全面的に認めたものと解されている。この事件は、ブルドーザーの貸借人からその修理を請負った者が、修理を終えてブルドーザーを引き渡したが、修理の依頼者たる賃借人が倒産したため、請負人は、その修理代金額の回収の見込みがなくなったが、一方、ブルドーザーの所有者(賃貸人)は、賃借人から修理済みのブルドーザーを引き揚げ、他に転売したが、その売却代金の一部として請負人の修理によるブルドーザーの価格の増加分が残存していたというものである。前記最判は、右事実関係のもとに、請負人の行ったブルドーザーの修理に要した財産及び労務の提供と、所有者が修理により得たブルドーザーの価値の増大という利得に因果関係を認め、修理の依頼者たる賃借人の無資力により修理代金債権の全部または一部が無価値であるときは、その限度において所有者の得た利益は請負人の財産及び労務に由来したものということができるとして、不当利得返還請求を認容したものである。
2 右昭和四五年最判には学説からの批判もあったが、その後の平成七年最判は、後記のような事案において、結論的に不当利得返還請求を認めなかった原審判決を維持した。この最判は、昭和四五年最判に対する学説の批判等も考慮して、転用物訴権を認める立場は維持しつつも、その適用については合理的に限定すべきとの立場に立脚するものと解される。
平成七年最判の事案は営業物件の賃貸借にかかるものであり、ビルの賃借人が、賃貸人(所有者)の承諾のもとに自らの営業施設用にビルを改修・改装することを計画し、その際、賃借人が権利金を支払わない代わりにビルの修繕等の費用は全て賃借人の負担とする旨の特約を結んでいたところ、その後賃借人が無資力(所在不明)となって、これとビルの改修等の工事請負契約を締結していた建設業者が、右請負残代金債権が改修不能となったとして、賃借人の無断転貸を理由に賃貸借契約を解除したビルの所有者(賃貸人)に対し、主位的に不当利得返還請求権(転用物訴権)に基づき、(予備的に債権者代位権を行使して賃借人の所有者に対する費用償還請求権に基づき)改修工事残代金相当額の支払を求めて訴えを提起したものである。
右最判は、転用物訴権成立の判断基準について「(賃貸借)契約を全体としてみて、利得者が『対価関係なしに』利益を得たときに限られる」旨の一般論を展開した後、ビルの所有者(賃貸人)が請負業者の工事によって受けた利益は、営業用建物の賃貸人として通常であれば得ることができた賃借人からの権利金を免除した負担に相応するものであり、法律上の原因なくして受けたものとはいえないと判示した。
二 本件事案の検討
1 前記平成七年最判の判断を前提に、本件において転用物訴権が適用されるか、すなわち被告らの財産取得について、原告との関係で法律上の原因があるといえるかについて検討する。
右平成七年最判は、利得の法律上の原因の有無の判断について「対価関係なしに」利益を受けたか否かを問題にしているようであり、この観点からすれば、本件寄附行為、本件贈与はいずれも無償行為であって、その財産の取得には経済的な「対価関係」はないから、転用物訴権の適用があるようにも見える。
しかしながら、一方、右最判は「(賃貸借)契約を全体として」みることを要求しており、右最判の事案では営業用建物の賃貸借という契約類型であったから、この種の契約関係では貸主として当然要求できる権利金を放棄したことが相応の負担と認定されたものと解される。右最判が「対価関係」との言葉を使ったのは、具体的事案が右のような営利を目的とする取引関係であったことを前提としたものであり、右最判の判旨とするところは、当然に営利を目的としない財産移転行為の場合にも、経済的対価の有無のみを基準として不当利得の成否を判断すべきとするものではないと解すべきである。すなわち、その利得に「法律上の原因」があるか否かは、その法律関係(契約関係)の性質、目的、社会的類型等に従い、利得に社会的相当性ないし合理性があるか否かという観点から判断すべきとするのが、平成七年最判の趣旨とするところであると解する。
けだし、不当利得制度は、一方で損失を受ける者があり、他方で他人の損失に由来して棚ぼた的に利得する者がある場合には、それをそのまま放置することは不合理であり、社会的公平に反するという利益衡量から出発したものであることは明らかである。ことに、いわゆる転用物訴権論は、(学説に根強い否定説があることからも明らかなように、)法理論上は問題なしとしないものでありながら、利得者にその利得をそのまま保持させることが特に社会的公平、社会主義に反するような場合に例外的に認められるものであるところから、その適用範囲については相当に限定されるべきものというべきであり(この点は、一般論として転用物訴権の成立を許容する学説においてもほぼ例外なく指摘されているところである。)、平成七年最判が昭和四五年最判の一般論を維持しながらも、一見すると同様にみえる具体的事案において不当利得の成立を認めなかったのもこのような判断が背景にあったものと解される(平成七年最判の事案においても、ビルの賃貸借契約は貸借人の債務不履行を理由に短期間で解除されており、所有者は結果的には無償に近い状態でビルの改修による利得を享受しているが、最高裁は、この点は判断に影響しない旨判示している。)。
2 これを本件についてみると、被告らは、いわゆる広義の公益法人であり、しかも、その目的(教育、社会福祉事業)からして、むしろ一般的な民法法人などよりも高い公益性を有しているものである(それ故、私立学校法、社会福祉事業法は、民法よりも詳細、強力な公法的規制、行政庁による監督を予定している。)。したがって、これら法人がその事業のために必要な資産を譲り受ける行為は、昭和四五年最判、平成七年最判の事例のような営利的な取引とは異なり、単に反対給付(経済的対価関係)のない取得行為であるという理由だけで社会的相当性、合理性を欠くものといえないことは明らかである(前記各最判のような営利的取引関係においては、利得とこれに対応する出捐(負担)とが経済的に均衡することが取引の常態であるが、公益的法人の設立においては、その法人の基本財産についてはむしろ無償で提供されることが前提となっている[私立学校法三四条、社会福祉事業法三三条は、それぞれ民法四一条、四二条を準用し、無償でなされることを当然の前提としている。]。)。
これら法人については、その目的たる事業を適切、円滑に維持、運営していくことこそが社会的に要請されているものであり、その事業の運営に必要な資産を受け入れ、保有すること(これら基本財産の存在はこの種の法人に不可欠の要素である。私立学校法二五条、社会福祉事業法二四条。)は、これら公益的法人の設立に伴う契約関係としては社会的相当性、合理性を有するというべきであり(これら法人の基本財産については、法令やこれに基づく行政庁の通達等により種々の公法的規制がなされている。)、むしろこれら法人の設立に当たっての基本財産の受け入れに通常の営利取引に見られるような対価関係を要求することこそ私立学校法や社会福祉事業法の予定しないところというべきであろう。本件のような事案において転用物訴権を認めることは、本来無償であるべきこれら公益的法人に対する基本財産の拠出行為を有償化することになり、前記法の趣旨に反し、不合理な結果を招くというべきである。
3 次に、本件において原告と被告らとのどちらをより保護するのが相当かという利益衡量的観点からの検討を加える。
原告は営利企業であるところ、本件不動産一、二の性質上、それが被告らのような公益的法人の事業用財産として使用されるものであることは当然予定していたものと認められる。更に、原告は、その後、訴外会社からの抵当物件の受け入れについてもあえて本件不動産一、二を除外している。このことから、原告自身も、これら不動産が被告らの事業のための基本財産であり、公法上もこれらを担保に供することが問題となることを予期していたことは優に推認できるところである(原告は、この時期において訴外会社が無資力となることは予想していなかったとするが、仮にそうであったとしても、その点は右判断を左右しない。)したがって、原告自身も、本件請負契約締結時から、本件不動産一、二は原告の訴外会社に対する請負工事代金債権の引き当てとはならない可能性が高いことを予期し、ないしは予期し得たものというべきである。
一方、被告らにとっては、本件不動産一、二を有することが設立認可の前提であり、これを失うことは事業継続の不可能を意味し、公益を害することは明らかである(原告は、訴外会社と被告らとを経済的に一体のものであるとし、その根拠として訴外会社代表者であるDが被告らの経営を支配している旨主張するが、訴外会社と公益的法人であり、現にその目的に従った事業を行っている被告らが社会的にも別々の実体を有することは明らかであり、原告の主張は失当である。)。
したがって、利益衡量の観点からも、本件においては被告らをより保護すべきであると解される。
4 以上の点を総合考慮すれば、訴外会社の被告らに対する本件寄附行為、本件贈与は法律上の原因なくして行われたものとはいえず、原告の損失と被告らの利得との間に法律上の因果関係は認められない。
三 よって、本件においては被告らに不当利得は成立せず、原告の請求は理由がないから、棄却すべきである。
(裁判官曳野久男)
別紙物件目録<省略>